結婚記念日を迎えられた皇后雅子様の報道されないこと

元号が令和になり、マスコミもこぞって、皇室を盛り上げる記事がひたすら続いています。
6月9日というなかなか意味深な日が、天皇皇后両陛下の結婚記念日とは全く覚えていませんでした。

以前にも書きましたが、私は皇室に深い思い入れがあるわけでもなく、教えられてきた通り、象徴なのだという認識だけでした。両親は戦後のマスメディアのマインドコントロールの大成功により、皇室に好感を持っていました。明治神宮に初詣に行ったり、いつか一般参賀も行ってみたい、なんて言っていました。

そのような家庭だったので、私も、「天皇一家は毎日丁寧な堅苦しい会話をされているのかな」「軍部の暴走による戦争だったんだ」「敗戦で、世界の王族の中でも地位が低いだろうな」などと勝手に想像していたわけです。

そのような中、ふっと辿り着いたRAPTブログで、初めて目にした天皇家に対してのマイナス記事は、激しい衝撃を受けたのですが、先入観を持たず読み進めれば、十分納得することができたのです。
ここで、ガラガラガラと私の認識は崩れ去り、目が開いたと言えるでしょう。
以下は、天皇家についてのRAPTブログ記事(初期の頃)の一部です。

天皇家という闇。日本赤十字社という闇。田布施システムという闇。悪魔崇拝者という闇。
天皇家が悪魔崇拝に関わっているとしか思えない幾つかの理由。
天皇がどこからどう見ても悪魔崇拝者であるという証拠。
古代エジプトの太陽信仰=悪魔崇拝が、現在の日本の天皇家へと流れ着き、天皇家を最大級の財閥にするまで。

さて、今日が結婚26年である天皇皇后陛下。
将来の皇后になるお方だからか、お妃を選ぶのにすったもんだしていました。天皇は雅子妃を気に入られ、ずっと待たれたことが、美談になっていましたね。ご結婚が決まれば、雅子妃の経歴がクローズアップされ、女性誌などでももてはやされていました。
しかし、肝心なところはスルーされ、庶民はご結婚ブームに踊らされていました。

殆ど報道されない雅子妃のバックグラウンドとはどのようなものでしょうか。

一つは、創価学会との関わりが極めて深いことです。

雅子妃のお父上の小和田恒は、元々、外務省の創価学会員の集まりである「大鳳凰会」(おおとりかい)のメンバーです。

また、雅子妃の双子の妹の一人、礼子さんは池田祐久という創価学会員と結婚されていますので、小和田家一族が創価学会員であるか、創価学会と深い関わりがあることがわかります。

ご成婚のパレードでも創価学会の旗がいくつも揺れていました。

『週刊読売』1993年7月1日臨時増刊号 (こちらから転載)


創価学会と言えば、近年、池田大作が表に出ておらず、少し静かな様子がありますが、様々な問題を起こしてきた、悪名高き新興宗教団体です。

日本の皇室とは、神の子孫から続く万世一系と豪語していませんでしたっけね。
皇室では、神道の神様にお祈りし、祭祀を行っているのですよね。
庶民と違って、皇室の神道は最も厳格のはずではないでしょうか。
普通に考えれば、特定の信仰を持つ方と結婚することはおかしな話だと思います。
違う対象を拝んでもいいという寛容さが、神道にあるのでしょうか。
そういえば、上皇美智子妃もクリスチャンでした。

ですから、要は、国家神道とか、宮中祭祀など、徹底はしていないというのがよくわかります。それなのに、庶民には、神の子だとか、天照大神を拝むとか、伊勢神宮の参拝などを見せつけて、国民のために祈るなどと宣伝してきたのです。

二つめは、マスコミがあえて報道しない、雅子妃母方ご実家の江頭家について。

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雅子様の祖父は「江頭豊」といって水俣病を起こしたチッソ株式会社の社長です。「江頭豊」が社長に就任したときに水俣病が起きたわけではなく、彼はただその問題の尻ぬぐいをさせられただけだ、という話にはなっていますが、彼のその尻ぬぐいの方法が問題だらけでした。むしろ彼のせいでこの問題が拡大した、と言っていいでしょう。例えば……。
 
1.水俣病の原因が工場にあると知りつつ稼働続行。
2.患者・家族に謝罪したが補償に応じず。
3.謝罪後も悪質なデマを流し患者や家族を冒涜。 
4.患者や報道カメラマンを暴力集団を雇って襲撃(チッソ会長時代)。
 
そして、彼とその家族はその後も豪邸に住みつづけ、優雅な暮らしを堪能。その一方で、水俣病を患った人たちは言われもない差別を受け、難病に苦しみつづけました。(下の写真はその様子を写真家ユージン・スミスが撮影したもの。『入浴する智子と母』)

その後も、チッソ株式会社は遺族たちへの補償を支払うためと称して操業を続けていますが、その稼ぎのお陰で雅子様は皇太子と結婚し、皇族の仲間となることができました。現在は、国民が泣く泣く支払った税金で、愛娘の愛子様とともに皇室で優雅にお暮らしになっています。

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上の写真を撮影した写真家ユージン・スミス氏は、1971年から74年まで、水俣市で活動しました。1972年、水俣病患者ときた五井工場で、チッソの従業員約200人におそわれ、ひどく叩きのめされ、首にのこる砲弾の破片がくいこみ、重態となられたそうです。(こちらから抜粋)

1972年は「江頭豊」が会長時です。謝罪してもしきれない立場の会社が暴行するとは、、、苦しむ病人や家族のことも思いやることもできない単なる極悪人なんですね。それが、雅子妃の祖父なわけです。

ただお魚を食べただけなのに、想像もしなかった病気で一生苦しむことになってしまった被害者やその家族。既に約2000人の認定患者が亡くなられ、未だに348人の方の苦しみは続いていますが、認定されていない約1600人も救済を求めているので、終わった問題ではありません。

以下のRAPT氏の記事に、詳しく書かれていますので、どうぞご覧下さい。

皇太子妃「雅子」様は創価学会員。その祖父は水俣病を広めたチッソ株式会社社長「江頭豊」。この事実をタブーとする日本とは?

ベネッセ・ユニセフ・外務省・皇室・創価学会との奇妙なつながり。この日本はごく一握りの人間によって支配されている。

三つめは、今度は、雅子妃父方の実家、小和田家が三代先に遡れない件。

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●《日本人必読レポートが週刊新潮(10月9日号)に掲載されています》

■知る人ぞ知る小和田家の情報が発売中の『週刊新潮』(10月9日号)工藤美代子レポート “「皇后美智子さま」の秘録”第18回「正田家と小和田家」に記載されてます。

実際、ここに書かれている情報は承知していましたが、ほとんどの国民は知らないことです。

小生の最新刊『ひと目でわかる「大正・昭和初期」の真実』の41ページに「そして、昭和天皇の侍従長・入江相政の母親は、白蓮の姉・信子でした。」と、入江侍従長に唐突に触れたことに、「????」を感じた方は洞察力が優れていらっしゃいます。

保守層の国民にとって入江侍従長で記憶に残っているのは、最初に「小和田雅子さん」が皇太子妃の候補に名前が挙がったとき「小和田家は江戸時代まで家系がたどれない」として、反対され「雅子さん」は候補から外されたのですが、昭和天皇が逝去され入江侍従長が皇居から去ってからまた「小和田雅子さん」が皇太子妃候補に復活したのです。

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もう一つ転載します。

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恆の父祖は、道助の弟・兵五郎が立てた分家で、その嫡男・道蔵匡利が跡を継いだとされている。
古史料「村上城下絵図」(村上市郷土資料館発行)を見れば、兵五郎の名は同心組が住む城下の足軽屋敷の一角に確かに見出すことができる。
ところが兵五郎と道蔵匡利が維新後に相次いで亡くなったため、道蔵匡利の次の世代があいまいなのだ。
現在分かっているのは、どういう出自かは判然としないものもの金吉という人物が現れ、税務署勤務をしながら小和田姓を継いだということである。
多くの系図資料を検討しても道蔵匡利と金吉を実線で繋ぐものはなく、点線でしか繋がっていない
(『週刊朝日』増刊号、1993年3月25日号ほか)
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どんな庶民も、地方で定住していたなら、随分前まで遡れるはずですが、それが出来ないとのこと。
仮にも、将来皇后になる予定の皇太子妃のご実家がそのようなことで、許されるのでしょうか。

きちんと遡れないので、北朝鮮から渡ってきて新潟の朝鮮部落に流れ着き、背のりした、などと言われるわけです。
母方の江頭家すら、出自が怪しいと言われています。

このようなことは、テレビ、新聞などの報道にはなりませんから、多くの国民は知りません。大事なことは伏せておいて、ミーハーな内容ばかりを垂れ流し、一般庶民である、お人よしな日本人を騙しているわけです。
既にマスコミが在日に乗っ取られているということは周知の事実ですから、彼らは皇室にも入り込み、乗っ取りを進めています。

皇室の費用(こちらより転載)

宮内庁の平成31(令和元)年度予算は、240億円が国会で議決されました。
加えて、皇室警備費は72億4500万円となります。(2016年度 こちらより転載)

冗談でしょう。私達日本人の血税はせっせせっせと使われているのです。
いったいこの国はどうなってしまったのでしょう。
これでは、日本人の国ではないではありませんか。
本当に嘆かわしいことなのに、国民の大半は気づいていないことが、由々しき事態です。

雅子妃を皇室に押し込んだのは、小和田恒が秘書官をしていた福田赳夫元総理の手腕によるものと言われています。福田赳夫元総理は清和会を設立、その清和会は大きな力を持っています。

田中角栄と福田赳夫の「角福戦争」(こちらから)

その清和会を始め、在日の大きなネットワークが現代の日本を牛耳っていることがわかってきました。

事態は更に拡大しています。

隠されていることに気づいて、面倒くさくても、他人のことだと思っても、本当のことに近づいていかなければいけません。